2011年7月11日月曜日

ウイルタの木偶。


























日本玩具博物館で、なんともかわいい木偶に出逢いました。
名前は「セワポロロ」といって、セワは「神」という意味なのだそう。
北海道の北、樺太島に住む北方民族ウイルタによりつくられたものを
原型にしているそうです。
ウイルタにこんな神さまがいるだなんて、知らなかった!
神像として身近に置いて、願い事をし感謝をかかさないようにと
家のお守りや、狩猟を願う祭り(オロチョンの火祭り)の時のために
つくられたのだそうです。

頭には角らしきものが、大きいほうは3つ、小さいほうは2つついています。






















 フクロウっぽいお顔。
 動物を擬人化させたものなのか。素朴で優しい表情が和みます。

「セワポロロ」は網走市にある大広民芸店でつくられているオリジナルの人形です。
アイヌの木彫り人形は今までいろんなところで見てきましたが
正直、子どもの頃に見た木彫り人形はあんまりかわいいとは思えなかったし、
興味はまったくなかったんですが 、この「セワポロロ」は文句なくかわいい。


大広民芸 木彫 朔峰の店 (*電話注文できます)






















人形はいろいろな種類の木が使われ、これはクルミの木でつくられています。
アイヌのモレウ(うずまき)文様を想起させる、丁寧な彫刻が施されています。

そして、なんておしゃれなんだろうと思ったのが、この首元。
アザラシの毛皮と、木を細くそいだイラウと呼ばれるものが
(アイヌにもイナウという同じものがあります)巻かれています。
イラウは鳥の羽根を意味し、古代より神聖なものとして扱われてきました。

北方民族のひとびとは、自分たちを取り巻くあらゆるものには生命が宿り
それぞれが意思をもっていると信じてきました。
精霊の世界は人間にさまざまな影響を及ぼすもので、ずっと畏れ敬ってきました。
木寓は玩具としてのかわいらしい人形ではなく、本来はお守りだったり信仰の道具だったのでしょう。


木偶はみんな同じではなく、家ごとに少しずつ違っていたそうです。
なにか手がかりはないかと北方民族博物館の図録をぺらぺらめくっていたら
ウイルタの木偶、ありました!
























なんて素朴でかわいらしいのでしょう。
平べったいのや二頭身、身体がイラウでできたものとか
顔かたち、いろんな神さまが彫られていたことがうかがい知れます。
他にも、まじない具に使われてたのっぺらぼうの人形もありました。

アイヌのニポポをはじめ、北方民族ではいろんな木偶がつくられていたので
博物館で鑑賞するときも、そんな視点で見比べるとさぞ楽しかろうと思います。
これは次回の楽しみにすることに。






















古い人形には、目から悪霊が入るこむと信じられていたため、目がない。
どの民族にも共通することだそう。
写真は、アムール川流域に暮らす北方民族ナナイの人形。

『シベリア民族玩具の謎』(著:アリーナ・チャダーエヴァ)










































まさに精霊?
こちらは、事故や病気から守ってくれる「セワ」。見事なイラウ。
























【ウイルタ族のこと】

 日本にアイヌ以外の北方民族が暮らしていたことは、網走の北方民族博物館ではじめて知りました。

北海道の北、宗谷岬のほんの目と鼻の先にあるサハリン島に暮らしてきたウイルタのひとびとは、トナカイを飼育しながら狩猟と漁労でくらす少数民族。アイヌのひとびとからは、オロッコと呼ばれていました。文字をもたかったことや、熊送りの儀式、シャーマニズム、一部分を見たり聞いたりしていると、たしかにアイヌとの共通点も多いのですが、アイヌはトナカイ飼育はしませんし、お互いの言語は通じないというし、文様もよく見るとそれぞれの特徴があったりします。


ウイルタのひとびとは現在350人、ウイルタ語を話せるひとはもはや16人ほどといわれているそうです。

 
サハリンは日露戦争の結果40年間南半分が日本領でしたが、太平洋戦争の敗戦によって日本に引き揚げることになり、一部のひとびとが網走などに移住しました。




去年受講した「ウイルタの切り紙講座」
(切り紙と進行をつとめられていた方は造形作家の下中菜穂さん)のお話に登場したウイルタのおばあちゃん、北川アイ子さんも戦後網走に移住してきた方で、日本でウイルタ語を話せる最後のひとりだったそうですが、残念ながら2年前に亡くなられたそうです。四カ国語を話せるアイ子さんは大変記憶力のよい方で、新しい言葉もどんどん覚えて使ったといいます。文字を持たない民族のひとびとは、なんでも記憶して覚えるというのが身に付いているのです。

講座では生前のアイ子さんの手仕事などの記録映像を撮っていらした北方民族博物館学芸員の笹倉さん(わたしも以前からお世話になっております)が映像とともにウイルタとはどんな民族なのか、アイ子さんはどんな方だったのかなど、ていねいに解説されていました。
迷うことなく自由自在にハサミをあやつるアイ子さん。もちろん下書きはナシ。
難しい曲線は指のカーブをなぞらえているそう。どんなサイズの紙を渡しても、アイ子さんの手にかかれば美しい文様が浮かび上がります。この切り取られた文様を型にし、紙に写しとり、刺繍をほどこします。刺繍の手の使いかたがこれまたおもしろく、針を自分のほうにむかって刺すのです。もともとはトナカイの皮に絹糸で刺繍をしていたそうで、型は白樺の皮を利用していたとのこと。文様は靴や煙草いれ、白樺のいれものなどにいれていました。
ちょっと意外だったのが、文様にとくに意味はないということ。それぞれの形にも名前などはないのだそうです。
アイヌは文様に名前があって、切り紙は使わない。でも抽象模様というのは一緒。
となりに住む民族で影響し合っているけれども、民族それぞれに特徴があって、知れば知るほどおもしろい。